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死に様データベース
《誅殺》 《1138年》 《11月》 《9日》 《享年20代》


*****性暴力とフェミサイドに関する記事です。閲覧にご注意ください。*****


参議藤原家政の娘。
鳥羽上皇の后である待賢門院藤原璋子に仕え、
鳥羽上皇の皇女妍子内親王を産んだ。
ただし、出産まもないころか、長承2年(1133)6月に、
(三条局)の心、すこぶる穏やかならず」として、
鳥羽上皇から娘の同居を却けられている(『長秋記』)



保延4年(1138)11月9日の夜、
三条局は参籠のためか、伏見稲荷近くのお堂にいた。
そこで乳母子の河内二郎清原盛資に「密通」を迫られ、
拒んだところ、殺害された(『帝王編年記』)

父家政の生没年(1080-1115)と娘妍子内親王の生年(1133以前)からして、
20代半ばから30歳前後であったろうか。


犯人の河内二郎盛資は捕えられ、獄中で死去。
その父の河内守清原俊資は、縁坐により解官のうえ「移郷」(強制移住)に処され、
12月7日夜、検非違使によって逢坂の関の外へ放逐された(『上卿故実』)


中世における乳母子(乳兄弟)とのつながりは、擬制的な血縁関係として重視され、
中世初頭の政治史においても、とりわけ権力者の乳母子は重要な存在とされている。
だが、
乳母子との関係が、ときとして性暴力に発展し、フェミサイドを引き起こすこともあったことに、
注意が必要である。



〔参考〕
『群書類従 第5輯(公事部)』(経済雑誌社、1905年)
『新訂増補国史大系 扶桑略紀 帝王編年記』(吉川弘文館、1932年)
『新訂増補国史大系 尊卑分脈 第1篇』(吉川弘文館、1957年)
『増補史料大成 長秋記』(臨川書店、1981年)
竹鼻績全訳注『今鏡 下』(講談社学術文庫、1984年)
角田文衛『日本の後宮 本編』(学燈社、1973年)
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