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死に様データベース
《誅殺》 《1417年》 《8月》 《20日》 《享年不明》


京都五条坊門大宮に住む法華衆。


応永24年(1417)8月20日辰の刻(朝8時頃)、
法師体の男とその下部の2人組に追われ、
大宮大路を北へ逃げていた法華僧は、
綾小路大宮と四条大宮の間の人家に逃げ込んだところ、
追いつかれて、
大刀で斬り殺された。

討ち手の2人は、すぐさま野次馬に取り押さえられ、
侍所に引き渡された。
下部の方は、手傷を負っていたという。

親の仇、あるいは妻の仇であったというが、
これを日記に記した中原康富は、
「親の仇ということならば、神妙の至りであるけれども、
 こういうことはよくあるので、信じるには及ばない。」(『康富記』)
と書いている。
また、
追いつめられた法華僧が慈心を起こすと、
刀の刃が徐々に毀れていったというが、如何に。


この日寅の刻(午前4時頃)には、
綾小路西洞院の家に強盗が入り、家主が殺された。

市井はいつの世も物騒である。



〔参考〕
『増補史料大成 37 康富記 1』 (臨川書店 1965年)
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